キツネの顔

今日も引き続き、革ツナギの掃除をした。
昨日は丹念に拭き取りを行って、今日は外に干してもらった。
ダイネーゼ製の汚れ取りと保湿クリームを塗って思い出す。



私には大切なツナギがある。



青/白のRG250γに乗ってる頃に買ってもらったツナギ。
見分不相応なダイネーゼ製だ。



私の家は貧しかった。
父はフローリング工場に勤務していたが、給料が安いので有名な会社だった。
母はその会社で重労働のアルバイトをしていた。
雨の日も雪の日も、夏のクソ暑い日も、外での重労働をこなしてくれた。
お陰で私は専門学校を出して貰ったんだ。



妹の成人式にと、父が半分酔った勢いで振袖を購入契約をした。
その後、母が買い物に行こうと私を誘う。
用品を売ってるバイク屋に行くと言う。
訳が判らないまま、札幌のバイク用品店に行った。



ヘルメット・グローブ・ツナギを買ってやると母。
でも当時からボロいながらも、どれも持っていた。
ヘルメットは1万円で買ったノーブランドで、傷だらけ。
グローブは度重なる転倒で穴が開いていたし、従兄弟のお下がりのツナギはケツが裂けてしまって、母に修理してもらった物だったけど。
ちゃんとしたのはブーツだけだった。



お前の成人式の時は、何もしてやれなかったからって。



その頃、私は専門学校生だった。
一度社会人になった筈の息子に、再度学費を払ってくれていた時期。
それだけで十分だと遠慮する私に、母はツナギを選べと言った。



「このキツネの顔のマークのヤツがいいんでしょ?」



キツネ?



「あんたの部屋に張ってあるポスターの人、みんなこのマークのツナギだね」



ポスターはバリー・シーンやケニー・ロバーツ
ダイネーゼの、あのマーク。
あれが母にはキツネ顔に見えたみたい。



嬉しかった。
バイクに乗るのは大反対だった母。
随分とバイクにまつわるケンカをした。
でもそんな息子の心配をし、嗜好まで考えてくれていた。



「バイクは嫌いだけど、どうせ買ってやるならお前の好きなのが良い」



高い買い物だった。
申し訳無いと思った。



「いい物なんでしょ?大事に使いなよ」



大事に使っているよ。
今は俺の部屋で休んでるけど、今だって大事にしてるさ。
ヘルメットもグローブも、大切にしてる。



それ以降、私は一度も転んでいない。



胸のダイネーゼのエンブレム、ゴム製だったから劣化してボロボロになってしまった。
そこに穴が開いてしまって、レース使用は不可と考え、今のツナギを購入した。
もちろんキツネの顔のマークのメーカーを選んだ。



母が買ってくれたツナギを出してくる。
薄汚れてしまっていた。
再び汚れ取り作業とクリーム塗布。



来年あたり、穴の開いてしまった部位にはワッペンで塞いで、サーキットを走ってみようかと考える。
ヘルメットは古すぎで使えないけど、グローブは使えそう。
CB400SFも748SPSも黄色だから、色味はおかしな事になるけど構わないな。



母の心意気が詰まったツナギなんだから。